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 ※    ※    ※
 
以下の内容は「エンドブレイカー!」の二次創作です。
 
※    ※    ※


気が付くと。
色の無い世界に、僕はいた。
どこまでも広大な白紙のページの上に立って、甲高い笑い声を、
「やあ。これで会うのは3度目かな」
まだ幼さの残る声が僕を呼ぶ。
声のする方へ振り向くと、本が積み上げられた山の上に、誰かが腰をかけていた。
「しかし何年になるのやら。長い間キミの父親に閉じ込められて弱ってたとはいえ、今度はすっかりキミに囚われてしまったよ。ヨリシロにキミを選んだのはこっちの方だけど、今じゃすっかり後悔さ」
その誰かは、今まで読んでいたのだろう金糸で彩られた黒い本を手に開いた、黒い髪の男の子だった。楽しげに口元を綻ばせてまっすぐに僕を見ている。その氷海のような青い瞳で。
―――僕?
「何を驚いているのさ。キミに影響されてるんだ、当然じゃないか。ヒトの記憶から姿を得てしまうなんてはじめてのことだったけれど、まあこれもなかなかに悪くない。訂正しよう。後悔はしてないよ。…‥ああそれと、キミの本来の色はこっちだ。ニセモノなんて思わないでおくれ、君が変わってしまったんだから。…………そうだったね。これはボクが悪い。キミは何も知らないのに一方的にあれこれ捲し立てたんだ。そんな呆けた顔をするのも仕方ない、謝るよ」
そうは言うが悪びれた様子はない。その口元は相変わらず微笑んだまま。そも饒舌に言葉を紡いでいる筈の唇は、さっきから微動もしていなかった。
「でもボクのことも理解してくおくれよ。あの時から誰とも言葉を交わしてないんだから、お喋りしたくて堪らなかったんだよ。そろそろ声の出し方を忘れるところだった」
子供のように鈴を転がしたようにそれは笑う。
そのキョウショウは、いつかの笑い声に似ていた。
 
何かが、
かちりと、
はまって、しまった。
「―――まったく素晴らしいよね、ヒトの記憶ってヤツはさ。一瞬に満たない光景だって、抹消したいのならば頭蓋ごと潰すしかない」
何時の間にか。真っ白なだけの風景は、本棚が所狭しと乱立する書斎へと姿を変えていた。
それは、どういう、
「ああ、応えよう。そもその時点で気付いてる筈だ、『僕の記憶は正しくない』とね。そうとも、その通りご明察だ。ボクが書き換えたんだから。 キミが願ったから、その願いを叶えてあげたんだよ。……ああ、これじゃあ反故したことになるのかな。でも責めないでおくれ。キミの頭を潰してしまったら取り引きにならないんだ、精一杯の処置だよ」
窓から見える外は燃えるように鮮やかな劫火色。充満する空気は肉の焼ける不快なにおい。
取り引き、なんて、
「ああ、応えよう。《この》記憶を思い出さないようにすることと引き換えにボクはキミに物語を読むことを望んだ。キミが物語を読みボクにその記録が与え続けられる限りにおいて、ボクはキミの中に留まってこの忌まわしい記憶に封をしよう、とね」
ソレが腰掛ける本の山。その下には赤黒い染みが広がっている。
おまえは、一体、
「ああ、応えよう。我は書に依る魔。物語からカタチを得る、誰かの空想でしか在りえない影絵。キミと取り引きをした悪魔だよ、■■■■」
 
………………………………………………………………あ、。
 
「へえ。驚いた」
僕は、感情に任せて手にしていたレイピアの切っ先をソレに向けていた。
ソレは、開いていた黒い本を閉じてこちらに向き直る。
「てっきりもう一度同じ願いをするのものだとおもっていたけど。そうかそうか、あのときは記憶に押し潰されるという恐怖があったのに、今は憎悪(そっち)が上回るのか。ヒトの記憶は不変だけど、それに何を思うかは経年とともに変化していくのだったね」
ちがう。
「でもそれは違うよ。その感情は向けるところを間違っている。ああそれとも、まだ勘違いしているのかい? ボクが《この風景》の元凶だと。キミに取り憑いた悪魔こそがなにもかも悪いのだと」
やめろ。
「情けないね、折角わるい悪魔から己の過去を遂に取り戻せたっていうのに、なにを躊躇しているんだい? ちゃんと憶い堕してごらんよ。思い出したくないのかい? ホントウのコトを? ねえ、■■■■?」
やめ、
 
「キミは確かに自分の手で彼らを殺めたのだろう?」
 
――――最後の風景は。
 
ああ、そうだった。
あの黒い衝動。無数の剣と氾濫する炎。
この剣で≪誰か≫を斬り裂いたら。
この炎で≪誰か≫を灼き払ったら。
どんなにきもちのいいことなのだろう、と、ぼくは。
目の前に立つ僕(それ)と同じ、無邪気(じゃあく)な笑顔のまま、ふたり、を、ころしてしまったのでは、なかった、か。
 
「あー、遊びすぎたか……駄目だよ駄目だよ、いま壊れるのはよしてくれ。ボクはこの世界の物語をまだ読み足りていないんだ、キミにはもっともっと読んでもらわなくっちゃ。
 ああそうとも、たくさんの物語を読ませておくれ。キミが詠み続ける限り、ボクはこの記憶に封をし続けるのだから。
 それじゃあ、またね、だ。ロア。次に会うときも楽しくお話しをしよう」
 
ばらばらばら、と。
項を捲る音を聞きながら、ぼくは。
 
 
「――――、ん」
夢から覚めるように身じろぎひとつ。
強い夕陽の光に目を細めて、少年は椅子から背を起こした。
「あちゃ…寝ちゃってたか」
まったく、平和だな。
膝に広げたままの読みかけの本に栞を挟んで、気だるい体で背伸びをする。
しつこい微睡みを振り切るように、さて、と少年は椅子から立ち上がった。
時計が指す時刻は既に6時。眠気覚ましの散歩にしても、帰ってくる頃にはとっくに日は沈んでいる。
「まあ、夜の散策なんてのも、たまには乙だね」
帰りに何冊か、新しい本も買ってこよう。
思案は数秒。そうと決まれば直ぐ行動。
後ろ髪を手早くまとめて少年は部屋の玄関の扉に手をかけた。
「ん、眩し……」
夕暮れももうじき終わる。
燃えるような夕陽から連想するのはあの忌まわしいほのおとつるぎのさんげ
 
 
「ん、眩し…」
夕暮れももうじき終わる。
燃えるような夕陽から、暫く会ってない、あの小さな女の子を連想した。
元気にしてるよね、あの子のことだから。そうだ、またいつかのようにお気に入りの本を読み聞かせてあげよう。うん、それがいい。
楽しい記憶を思いながら。暮れゆく逢魔が刻を、少年は行く。
 
 
 
――――書の魔獣 ‐空想‐ end.
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