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柊の過去が少しだけ垣間見える気がします。少しだけ。

※    ※    ※

以下の内容は「シルバーレイン」の二次創作です。
 
※    ※    ※
 


  『 灰色の空。
   記憶に焼きついたそれは、忘れ得ぬ小さな罪。 』
 
 とある廃墟に、黒い影が立っていた。
 無論平面であるところの影が直立する道理はなく、かといって影を纏った異形であるわけでもない。
 そもここは既に終わった場所。廃墟より荒廃。無人街より静寂。
 異形すら寄り付きはしない。
 
「…………」
 
 その影は、青年だった。
 少し長い黒髪がひび割れたアスファルトの塵を浚う、微かな風に揺れている。
 影に見えたのは彼のまとう服が暗黒色だったからなのだが、それは黒々としたこの空にも起因する。ともすれば夜の帳が既に降りたと錯覚してしまいそうな厚い暗雲が殆どの光を遮っていた。
 
「どうしてこんな日に来たんだろうな、俺は」
 
 何の因果だか。
 そう溢した青年は厚く積もった瓦礫の前で、静かに膝を折って屈んだ。
 
 ――――ああ、あの場所だ。
 
 隙間から覗く黒い染みが無言で告げている。
 年を経て風化し、色褪せて尚生々しい血痕。あの《誰か》が、居た証だと。
 それに、指先で触れる。ざらついたコンクリートの感触があの理不尽な恐怖を脳裏に想起させた。
 
 ―――止まない雨。
 
     ―――見慣れた筈の街。
 
            ―――誰もいない。
 
   ―――異形の群れ。
 
               ―――長過ぎる逃亡。
 
       ―――不安。焦燥。
 
  ―――溢れるゴースト。
  
              ―――瓦礫。下敷きの誰か。
  
      ―――迫る恐怖。
 
           ―――誰かの声。
                  
  ―――這い寄る死。
 
     ―――伸ばされた手。
 
 見捨てて、しまった。
 
「っ、……」
 
 それは、思い出しては後悔ばかりを募らせていたはじまりの風景。
 それがこの血痕と同じように掠れて鮮明に思い出すことが出来なくなったのはいつ頃からだったろう。
 けれどここにいた《誰か》の声は、伸ばされようとしたあの掌だけは、変わらずに覚えている。あの色の無い恐怖の中で唯一色鮮やかで、確かだったもの。自分が置き去りにしてしまったひと。
 それだけは忘れる筈がない。
 忘れてはいけない。
 忘れるものか。
 
「――――――――」
 
 ふ、と青年の引き結んだ口許が弛緩した。
 微笑みをというには些か不格好な、ともすれば泣いてしまいそうに曖昧なそれは在りし日の少年の顔。
 
 ぽつり、と。
 
「……ん」
 
 鼻の頭に、冷たい感触。
 曇天を仰ぐと一滴二滴と雨粒が顔を叩いた。
 
 ――――そんな気は、していた。
 
 脇に置いていた傘をつかんで青年は立ち上がる。
 最後に。
 もう一度、墓標にも似た瓦礫を視界に納めて、背を向けた。
 
 
 今も後悔はしている。懺悔は尽いてなどいない。
 それでも、決めたんだ。
 過去そこにいた《誰か》の為に行き場のない剣先を向けるのではない。今ここにいる《誰か》の為に、この力を振るうことを。
 
 降りしきる雨とどこまでも灰色の景色。
 4年前から止まり続けているこの場所で、広げた傘だけがあの頃と違っていた。
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